岡野俊一郎さんは肺がんの病気?葬式・告別式・お別れの会とネットの反応

2017年2月2日、岡野俊一郎さんが、都内の病院でお亡くなりになりました。

85歳でした。

岡野俊一郎さんの死去により、その影響は大きいと思いますが、葬式や告別式などはどうなるのか、また、ネットの反応はどうなのか、迫っていきます。

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日本サッカー協会(JFA)関係者によるお悔やみのコメント


田嶋幸三JFA会長

「昨年11月末に岡野さんからご連絡をいただき、入院されている病院に行きました。これまでのサッカーの話やこれからのこと、本当に色々なお話を伺いましたが、ご自分の死期を意識されているような話しぶりで、一抹の寂しさを感じました。若い頃、サッカーの勉強をしていると、必ず、岡野さんが訳された文献にあたり、岡野さんのお名前を見る度、日本サッカーの国際的な窓口であり、広く世界に扉を開いている方だと思っていました。今頃、クラマーさん、長沼さん、平木さんと天国で会っているのかもしれません。心からのご冥福をお祈りします」


川淵三郎JFA最高顧問

「東京オリンピック、メキシコオリンピックともにクラマーさんの教えは全て岡野さんを通じて、我々選手に伝えられました。そういう意味で、“日本サッカーの伝道師”と言えるでしょう。サッカー以外にもIOCやJOCの要職を務められ、また、教育にも携わるなど幅広く活動されました。日本サッカーの誇りと言うべき方でした。謹んでご冥福をお祈りします」


小倉純二JFA最高顧問

「デッドマール・クラマーさんを招へいしたときから、岡野さんは長沼健さん、平木隆三さんとタッグを組み、日本サッカーの躍進に力を尽くされました。JSL(日本サッカーリーグ)の創設にも携わられたわけですが、JSLがなかったらJリーグもできなかったわけで、岡野さんは、まさに日本サッカーの黎明期を支え、日本サッカーの基礎を築いた偉大な方です。心からの感謝を申し上げます」


大仁邦彌JFA名誉会長

「メキシコ大会後にスタートした『ダイヤモンドサッカー』は岡野さんの代名詞で有り、サッカーの普及に大きく貢献しました。岡野さんの後を引き継ぐ際、岡野さんの解説があまりにも評判がよかったため、大きな重圧を感じましたが、岡野さんの後を継ぐことができたことは光栄でした。日本サッカーにとってかけがえのない方でした。ご冥福をお祈りします」


村井満チェアマン

「また一人、偉大な先輩がお亡くなりになられ、大きな喪失感に言葉もありません。岡野さんはJリーグの前身である日本サッカーリーグの説に携わり、Jリーグ創設時の初代ボードメンバーでもありました。日本サッカー全体の発展に尽力なさる傍らで、激しくも温かい眼で常にJリーグの行く末を案じ、成長を後押ししてくださいました。岡野さんが想い描かれた明るい日本サッカーの未来を、サッカーに関わる人々全員で築き上げるのが、故人のご恩に報いることではないかと思います。どうか安らかにお休みください。謹んでお悔やみ申し上げます」

岡野俊一郎さん ネットの反応は?

それでは、岡野俊一郎さんの訃報に対するネットの反応を見ていきます。

岡野俊一郎さんには、ファンの惜しむ声が多いですね。

岡野俊一郎さんの葬式や告別式はどこで?

葬儀・告別式は、近親者のみで行われます。

岡野俊一郎さんのお別れの会 いつ、どこで?

お別れの会の予定は、今のところ、分かっておりません。分かり次第、追記いたします。

日本サッカー協会・元会長の長沼健さんは、2008年6月2日にお亡くなりになったのですが、「お別れの会」は、49日法要後、都内のホテルで行われました。

突然の訃報で驚いておりますが、岡野俊一郎さんのご冥福をお祈りいたします。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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